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フィヨドロフ眼研究所 総会

用語集

フィヨドロフ眼研究所 総会

今回は近視矯正手術の発祥の地とも言えるフィヨドロフ眼研究所を訪れ、屈折矯正手術の歴史および今後の可能性を探る旅になりました。

フィヨドロフ博士 写真の右側の方が、フィヨドロフ博士
(提供:フィヨドロフ眼研究所)

レーシック手術が確立されるまでの歴史を振り返ると、1968年に旧ソ連の眼科医フィヨドロフ博士が交通事故で角膜に傷を負った少年(元々近視だった)に対して治療を行いました。

角膜の回復と共に近視がなくなった事実がヒントとなり、角膜を切開すれば近視矯正が可能なことを発見しました。この画期的な近視矯正手術の成功は全世界の眼科医に衝撃を与え、アメリカを中心に急速に普及しました。その後、科学の進歩とともに手術方法に改良が繰り返され、今日の角膜にフラップを作りエキシマレーザーを当てるレーシックが確立されました。

フィヨドロフ眼研究所では年に1度、ロシア全土を初め世界各地から屈折矯正手術に携わる医師を招いた総会が開催されています。

今年は10周年で約800名もの眼科医が集い、今回念願かなって初めて参加することができました!

フィヨドロフ眼研究所
  • 写真左)念願のフィヨドロフ眼研究所の前でガッツポーズ
  • 写真右)生前のフィヨドロフ先生の書斎。美術館のように壁一面に博士の写真(★印のところ)があります。フィヨドロフ先生みたいに書類を読むポーズで写真を撮ってみました(笑)
フィヨドロフ眼研究所

写真上)フィヨドロフ眼研究所の総会で再会したマクドナルド先生。

ご夫妻は世界で屈折矯正手術分野の有名人、いつも夫(物理学者?)同伴でおしどり夫婦です。マクドナルド先生は現在、ニューヨークで眼科教授をされています。

ターニャはロシア出身の神戸神奈川アイクリニックスタッフです。ロシア語・英語・日本語がペラペラです。彼女なしではここにたどり着くことは絶対に不可能...

日本人がこの学会に参加するのは本当に珍しいようで、レセプションで「あなたたちはるばる日本からきたからVIPよ...」ということで、思いがけず無料で総会に参加させていただきました。ありがたくドル紙幣をポケットにしまいましたが、本当に申し訳ないので、そのあと手術機器が展示してある場所で、これはいいぞというオペ兵器を60数ドルで購入しました。

学会報告

学会報告の内容としては白内障手術が中心でしたが、レーシックでも積極的な(結構激しかったかも...)討論が行われました。

特に印象に残った発表は、Zレーシックでフラップを作るときに使われているFemtoLDVについての報告です。 FemtoLDVによるフラップ作成は術者のウデにもよるでしょうが、旧式のマイクロケラトームと同じくらい手術中の合併症が多いことがわかりました(フラップの紛失、小フラップ、破損フラップ)。

特に薄いフラップを作成しようとすると、中央の角膜実質面が敷石状になった症例には、驚きました(IntraLaseでは経験したことがないため)。

安全性の高い正確な手術をするためには、こうした学会活動に参加して最良の方法をセレクトしていくことも私たち医師の使命だと思います。

その他、フィヨドロフ眼研究所のご紹介

IRIS Congress Hotel
IRIS Congress Hotel
IRIS Congress Hotel
  • 写真左)学会期間中に宿泊したホテルは、IRIS Congress Hotelといってフィヨドロフ眼研究所のすぐ横にありました。ホテル名になっている IRISは、日本語で虹彩(目の瞳孔の縮小・拡大を調節している部分)を意味しますが、ホテルの中央には、写真のように下から天井を見上げると、虹彩のような構造をしている吹き抜けが...あたかも眼球の中から外を覗くような錯覚になります。
  • 写真中央)書斎にあったイラスト。真ん中にフィヨドロフ博士の似顔絵が描かれています。まるで視覚のトリックを巧みに操った「だまし絵」のようです。
  • 写真右)フィヨドロフ眼研究所の敷地マップ
    大学くらいでっかい敷地にいくつもの病院棟が建っています。今回、手術室の中を撮影することができませんでしたが、天井懸架式の顕微鏡が 数十台あり、驚くほどの規模でした。

サンクトペテルブルクの旅

学会始まる前まで時間があったため、事前に神戸神奈川アイクリニックのスタッフでロシア出身者(ターニャ)に、ここに来たからには、有名な「エルミタージュ美術館」に行くべきだ!と言われました。それで、モスクワからサンクトペテルブルグに行ってきました。とは言っても、ロシアは広い!寝て移動できたら効率よいかと思って、深夜11時55分発の夜行列車で行ってきました。

サンクトペテルブルグ
  • 写真左)モスクワからサンクトペテルブルグは、夜行列車で約8時間の距離です。
  • 写真右)夜行列車の車内の写真。夜行列車は、一等車を予約したのに、二人部屋で仕切りのカーテンなし、もちろん男同士のスペースでした。

サンクトペテルブルグ(St. Petersberg)は、モスクワに次ぐロシア第2の都市であり、ソビエト連邦時代にはレーニンにちなんでレニングラードと呼ばれていましたが、ソ連崩壊により現在の名称になった歴史的な都市です。

目玉となるエルミタージュ美術館は、ただ多数の絵画芸術品を蒐集したところだけではなかったです。実際に住居(隠れ家という意味)でもあったというところが最大の魅力です。かの有名な「エカテリーナ2世」をはじめとするロシア史の大人物たちが増改築しながら生活していたのです!

そしてロシアで起きた波乱万丈の歴史の数々をずっと見続け250年。屈折矯正手術だけではなく、ロシア史のストーリーにも足を踏み入れよう!とエルミタージュ美術館へ出発しました。

エルミタージュ広場正門 エルミタージュ広場正門

土地勘ゼロでもなんとかなるだろうと、無謀にも歩いてでかけました。しかし11月のロシアの寒さ耐えられず途中でカフェに入ったり出たりしていると、昼に出かけたのに美術館に到着したのは、午後2時...やっぱり歩いていくのは無謀だったのだろうかと異国の地で少しだけ後悔しました。

血の上の教会 血の上の教会

美術館の最初の1、2階をクリアしたまでは良かったのですが、3階にどうしても辿りつくことができず、ロシアの歴史上の人物が生活していた家で迷子になりました(まるで、巨大立体迷路のようです・・・)。
館内の案内地図には階段らしいところはある、しかし、いけないし閉館時間が30分後と迫っていました。こんなに焦って切羽詰まった状況に陥ったのは大学受験以来かと思いました(大袈裟?)。
6人くらいにどこ?どこ?と尋ねてようやく3階に突入できました。マティスやピカソなど、中学高校の美術の教科書で見たことがある現代美術をブリンクし、こうして無事に芸術を堪能することができました。

すでに18時をまわっており、外はすっかり暗くなっていました。
サンクトの達人になった気持ちで、帰りは別の道でいくかと歩いていると、ライトアップしている血の上の教会を発見(左写真)。
あとで歴史を読むと重い気持ちになりますが、知らないで行っているのですからすげーすげーと一人興奮状態。ホテルに帰ろうとしたがこの先はここでは語り尽くせませんのでクリニックで...
(補足:血の上の教会・・・この奇妙な名前は、失脚した皇太子の血の上に建てられた教会であることから名付けられました。数ある建物のなかで、最も華やかな外見をもつ教会としても知られ、世界最大のモザイク面積を誇るのがこの教会です。)

エルミタージュ美術館の芸術の数々をご紹介

エルミタージュ美術館の芸術
エルミタージュ美術館の芸術
エルミタージュ美術館の芸術
  • 写真左)ゼウスの祭壇
  • 写真中央)「アムールの間」でブーシェの可愛いエンジェルたちと一緒に展示されているキューピッド
  • 写真右)孔雀の時計。ポチョムキンからエカテリーナ2世に贈られた「からくり時計」。
  • 時間が来ると、羽を広げて動いたりしたそうです。孔雀だけでなくその周りの物も動いたりして、すごい仕掛け時計らしいのですが、残念ながら動いているところを見ることができませんでした。