5th Annual International Military Refractive Surgery Conferenceのページです。お客様に最適な視力回復手術探しを全力でサポートいたします。" /> 5th Annual International Military Refractive Surgery Conference,レーシック,ICL,視力回復,神戸神奈川アイクリニック" /> 5th Annual International Military Refractive Surgery Conference | 【公式】神戸神奈川アイクリニック(レーシック、ICL、白内障治療、老眼治療、オルソケラトロジー)" /> 5th Annual International Military Refractive Surgery Conferenceのページです。お客様に最適な視力回復手術探しを全力でサポートいたします。" />

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5th Annual International Military Refractive Surgery Conference

用語集

5th Annual International Military Refractive Surgery Conference

国際軍人屈折矯正手術シンポジウムInternational Military Refractive Surgery Conferenceは、米国をはじめ、仏、独、日本、シンガポールなど軍隊の屈折矯正手術に関わる専門家たちが最新情報を共有する会合です。

視力に関して、陸、海、空軍および特殊部隊など各任務に就く兵隊が最高の判断能力を求められるため、かなり熱い議論が交わされていました。

5回目となる今年の会議は、NASAや米国軍の屈折矯正プログラムを検証して来られたスティーブ・シャルホーン先生からの紹介で、参加させていただきました。


発表演題:How to handle intraoperative VGB / cold spot with FS laser created flap

今回発表した内容は、アイレーシック®のフラップを作成する際にごく稀にフェムトセカンドレーザーが当たらなかった症例の対処方法について言及しました。

これはすでに神戸神奈川アイクリニック院内で毎月行われているドクターミーティングでも報告しました。国内外を問わず院外でも多くの執刀医たちと議論を交わして最善の治療ができるように取り組んでいます。

写真:イントラレース照射後の映像に不均一さが見られ、角膜の切開面に対するフェムトセカンドレーザーが不十分でした。しかし、正しい状況判断と手技をもってすれば術後の視力に影響を及ぼさず、1.5までの視力回復が証明されました。


学会印象記

今回の弾丸放浪は二日間と短いのですが、正直いってこんな濃いメンツで会議するのは生まれて初めて。
ちなみに100人以上の軍人が参加していました。

小生は小学校より公立あがりで、中学の学ラン以来ずっと私服通学だったためか、、、実は制服フェチです(カミングアウト...笑)。というのは、この学会のルールとして眼科医でもある軍人たち(以下軍医)は陸海空とそれぞれにドレスコードがあります。制服姿の軍医をナマで拝見できました。彼らは建物から外出するとき必ず各軍の帽子をかぶる規制があることも初めて知りました。軍医たちは、みんな紳士的(女性も素敵)で、ランク(袖の本数による)の高い方(大佐とか)ほど知的でリーダーシップで姿勢もよかったです(偏見?)。軍医だから屈折矯正手術はあまり詳しくないのかな~と思ったら、予想と真逆でウルトラエキスパートの集団で議論も核心を突く有意義なものでした。

最も興味深かったのは、私達市民よりも戦場に送り出す兵士たちにレーシックやICL(アイシーエル)を行って安全かどうか、軍人として基本的なスキル(射撃成績や状況判断など)が向上するかどうか、非常にシビアに検討されています。

また、それぞれの任務(ミッション)によってどの術式が最優先に選択されているかも熱く議論されていました。例えば、陸軍では手術の第一選択として数年前まではPRKしか許されていませんでしたが、現在は約半数をレーザーのみで行うレーシック(アイレーシック®)を中枢に治療が行われています。

併せて、ICL(アイシーエル)では、爆破(普段は経験したくないですが)もしくは訓練中に眼球打撲してもICLを挿入した目では、視力やレンズの位置が温存された実例が示されました。戦闘など過酷な環境下でも優れた安全性が確立されている手術と再認識する機会となりました。

  • 写真左)トップガンを引退したキャプテン、Steve Schallhorn(スティーブ・シャルホーン)先生とまたもや再会。
    SAMURAI(サムライ)が大好きなよう、三人の侍でハイ・ポーズ(小生は空振りみたい)
  • 写真中)左側から一般人(私)、陸、空軍のエラい人(胸の勲章がキラキラしています)
  • 写真右)学会場の屋上ジャグジーにて。2日間で5回もお世話になりました。

学会番外編 アラモ砦 - サンアントニオの歴史

1835年頃、メキシコ領であったテキサスではメキシコ共和国軍とテキサス分離独立派の間で行われた13日間の独立戦闘をアラモの戦いと呼びます。そのときのテキサス側の拠点とされ戦闘の舞台となったアラモ砦は、現在テキサス州サンアントニオ中心街の一角に遺跡があります。

アラスカに次いで州で2番目に面積の大きなテキサスがアメリカ合衆国に組み入れられるか否かの戦い。中に入ると弾丸の跡だらけの壁面やテキサス軍の制服など当時の様子がそのまま残っていました。

一時はスーパーの倉庫にもなっていたようですが、このアラモ砦は大切に保管されアメリカンスピリッツの原点みたいな場所らしいです。興味がある方は、映画「アラモ」を観ると良く分かります。